第200話 初志貫徹2012

またやっちゃった。
かじです、こんにちわ。

春が来たり引いたり。少しずつ近づいて来ています。
でも3月は雪が降りますよね。忌々しいです。

春は新しい事を始めたくなる時期です。
新学期、入学など花も人間も動き出す時期なんでしょう。

去年の3月ぐらいに『初志貫徹』の話を書いていました。
『初志貫徹』の字を見るたびにやるせない気持ちになったりしますが、何度でも自分に言い聞かせたりします。

第100話の時に会員数の話をしています。
ずっと34名を行ったり来たりしていたのが、今年は37名。
一つの壁を越えたと思っております。

人数が多ければ良いという訳ではありませんが、「普及させる」という使命を担っておりますので可能な限り増えることが望ましいのかと思っております。

4段位が増え、厚みが増したと思いきや長年共に稽古してきた方々が諸事情により退会したり。(私は休会しておりますが・・・)
出会いがあって別れもあり。
その連続は何年経っても私は慣れないようです。

初志貫徹、そもそも初志が何だったか覚えていないといけません。

管理者コラム第200話、初志貫徹

終わり良し

 

第199話 話し方

やはりそうか。と思う事が多くなった。
かじです、こんにちわ。

頭の悪い人は、簡単な事を難しく言う。
頭のいい人は、難しい事を簡単に言う。
ってどこかで聞いたことがあります。

一概には言えないですが、そうだなぁと思うことも時々あります。

とあるエライ武道家さんがツイッターをやっていたので見てみました。

なるほど、つぶやきすら難しい言葉が並んでいました。
凡人のわたくしにはさっぱりわからなかったです。

難しい事を簡単に言うというより、相手がわかりそうもないことを言わないのかなぁとも。

以前同僚に
「○○さんの話は意味わからない。かじさんの話は難しい。」
って言われたことがありました。

(あぁ、俺ってもしかして頭悪いのかなぁ。)って思いました。

あんまり砕けてもだめかもしれませんが
今では使いもしない古い言葉を使ったり、堅い口調をしなければいけない場面なんてそんなに無いですよね。

そういえば、同窓会で会った同期が
「口調も全然変わってない」
って言ってました。

終わり良し。

 

第198話 同窓会

時間。
かじです、こんにちわ。

今日は日記みたいなのを書かせてください。
いつものコラムとは全く異なるので読んでいただかなくても結構です。

先日、我らが38期生の某国防機関への入校20周年ということで開催された懇親会に行ってきた。
卒業以来の仲間が多く、顔は分かるが名前が出てこない者が多かった。
当時は携帯電話というものがほとんど普及していなかったので誰も持っていなかった。今の世であれば、このように疎遠にはならないだろうに。
連絡を取っていたわずかな友人も20年弱という歳月は、そのわずかすらも削り取っていった。

拒まれていた訳ではなく、自分で拒んだのだった。
別な道を歩むため退職し、住所も変えてしまった。

「かじに会えると思わなかったよ、会えてよかった。」
と言われた時はとてもうれしかったし、また深く反省もした。

現職でいる者も、私のように退職した者もそれぞれの立場があり、それぞれ立派に頑張っているのがわかった。
海外へ派遣されている者、この度の震災で派遣された者、頭の下がる思いだ。

同じ組織の中にいても、全国に散らばった同期が集まる事もあまりなく、連絡を取り合う事も多くない。
再会すれば、やはり同じ立場に立っていたあのころの話に自然となっていく。

かじ:『H生徒は昔は優秀だったよな?』 ひどく酔っ払いながら言った。

T生徒:『今でも優秀だよ。』 しみじみと確かめながら言った。
H生徒は近くで酔いつぶれていた。

このT生徒の言葉がとてもうれしかった。

それぞれ立派になっている同期を見ていると、自分が全く成長していないように思えた。
いや、ここには同期を見て自分がダメなんだということを確かめに来た、そう思いたくて来たのだ。

積もる話は1日程度では収まるはずもなかったが、お互いに再会を誓って分かれた。

幾歳の時が流れても、我らの絆が緩むことは無く、尚結束が固くなるようだ。

終わり良し。

第197話 刀と銃

終わったな。
かじです、こんにちわ。

つい最近、よく話をする外人さんとの会話のこと

外「Mr.Kaji、刀の写真とらせてよ。」
私「本物のほうがいいよね?」
外「うん、本物がいい。」
私に刀を持たせて携帯電話で写真を撮って行きました。

やっぱり日本刀には興味があるようです。

在日アメリカ軍基地の中にも日本人講師が時々来て、日本文化をおしえてくれるそうで、試し切りなどをやっていたそうです。
(あの先生じゃないよな?)

外「Mr.Kaji、それ持つのライセンスあるの?」
私「無いよ。いらない。」
外「何にもいらないの?マジで?」
私「登録するだけだよ。誰でも持てる」
外「どこで買うの?」
私「刀屋さんとか知り合いとかかな」
外「銃はライセンスいるよ。ちゃんとしてなくちゃだめなの」

なんて話をしていました。

ハンドガンは体のどこかに隠せるけど、刀は隠せないから大丈夫なのかとか、そういったことを話しました。

日本もライフル、散弾銃ならばライセンスは必要ですが所持できますし、刀は誰でも所持できます。
たぶん彼らから見たら、アメリカも日本もそういった面(?)ではあまり変わらないか、もっと危ない面もあるように見えるのかもしれませんね。
戦争直後に剣道を禁止したり刀を取り上げたりするのもうなづける。

よその文化を尊重するって大事ですね。

終わり良し

 

第196話 病は気から

消えぬ思い出、消さぬ思い出。
かじです、こんにちわ。

どうやら体調が悪いようです。しかし足取りは軽いので軽傷かと。

数年前の事ですが、風邪をひいてお休みを貰おうと連絡したら、出向先の上司に
『昨日言ってくれれば良かったんだけど・・・』って真顔で言われました。
(いや、、、昨日は風邪引いてないんで。元気に一緒に働いてましたよね?)

風邪引く前から連絡しろって真面目な顔で言われたのは後にも先にもそれっきりです。

昔の人って病気になったらどうしてたんですかね?
昔から気になってます。

医学?は数千年前から歴史があるようですが、やっぱりその恩恵にあずかれるのはお金持ちだけだったようです。
今も先進医療はお金持ちだけですか?

昔の日本は、病は怨霊の仕業と考えられていたので、病気になると加持祈祷を行いました。
平清盛が病に伏した時の様子を思い出しました。
マラリアに罹って死亡したといわれていますが、平家物語の記述によると

「入道相国(平清盛のこと)、病つきたまひし日よりして、水をだにのどへも入れたまはず。
身の内の熱きこと火をたくがごとし。
臥したまへる所四五間が内へ入る者は、熱さ堪へがたし。
ただのたまふこととては、「あたあた」とばかりなり。
少しもただごととは見えざりけり。
比叡山より千手井の水を汲み下し、石の船にたたへて、それに降りて冷えたまへば、水おびただしく沸き上がつて、ほどなく湯にぞなりにける。
もしや助かりたまふと、筧(かけひ)の水をまかせたれば、石や鉄(くろがね)などの焼けたるやうに、水ほとばしつて寄りつかず。
おのづから当たる水は、ほむらとなつて燃えければ、黒煙殿中に満ち満ちて、炎うづまいて上がりけり。」

だそうです。寝ている布団は燃えなかったんだろうか?というつっこみは止めてくださいね。

入道相国:出家したから入道と呼ばれ、国にものすごい貢献した人を相国と呼ぶようにしています。

清盛の病気の場合は、独裁政治を行った天罰とされています。

息子の重盛も病で亡くなっており、父清盛よりも早くに亡くなっています。
中国の輸入薬を清盛が持ってきたのを拒んだそうです。外国に頼ってはいかんって考えたみたいです。

病気と人間との戦いって長いですね。

終わり良し。

 

第195話 練成

最近、空を見上げた事ありますか?
かじです、こんにちわ。

寒い日が続きますが、みなさん体鍛えてますか?
外に出るのも嫌なのではないですか?汗かくと風邪ひきやすいですし。

学校を卒業すると運動しなくなりますよね。
運動部に入っていない人は尚更運動なんてしないはずです。

今週末、某国防機関の入校20周年というのがありまして、呼ばれました。
要は同窓会です。

この20年の月日は散々鍛えた若かりし体をただのおっさんの体にするには十分すぎる年月だったようです。

現役で偉くなった同期に会いに行くんですが、どんなもんか見てこようと思います。

若い時、どんな風に体を鍛えていたかというと、別段変わった事も無いと思います。
変わっていたところだけ思いだしてご紹介しようと思います。

・フル装備で走る
戦闘服上下、半長靴、ライナー(鉄帽の下にかぶる)に鉄帽、背嚢、小銃の格好で走ります。
結構辛いです。
俗に『ハイポート』と呼ばれます。
悪い事をして見つかった場合などに”指導”としてハイポートを実施する場合が主です。

・掛け声かけながら走る
独特の掛け声があります。(詳細は・・・)
オリジナルの掛け声もあります。
呼吸が辛くなります。
みんなで走る時に実施します。

・空気椅子
椅子が無いのに椅子に座っているような格好をします。
上級者はその状態で新聞などを読んでいます。
主にペナルティとして実施する場合が多いです。

学校や特殊な団体を除いては、運動することを強要されることがなくなります。
自分でトレーニングすると甘えが出ますので、自主的にトレーニングして強くなるのは非常に難しいことです。
その辺はダイエットと似ている気がします。

今以上の自分になろうという意思が無いと難しい。

終わり良し

 

第194話 便利と不便

お前は俺か?ならば倒さねばなるまいな。
かじです、こんにちわ。

明治以降、欲望の数が1200以上増えたって誰かから聞いたことがあります。

本当かどうかわかりませんが、いろいろ増えたんでしょうね。いや、増えてますよね、年々。

欲望とかどうかは別ですが、昔(2,30年前)と比べて増えたもの、たくさんありますよね。
ちょっと考えたんですが

・空気清浄機
これ、昔無かったですよね?
CMで見てちょっと衝撃でした。「空気をきれいにすんのかよ!」って。

・ミネラルウォーター
出だしは結構高かった気がします。
「水買うのかよ」とか「水道の水と変わるのか?」とか高校生ぐらいまで思ってました。

・携帯電話
高校生ぐらいの時にポケベルでしたね。
こいつのせいで便利になったのと、不便になったのと。。。
私はこいつのせいで随分仕事になりましたけどね。

挙げて行くと切りが無いですが、新しいものがまた新しいものを生み出して行くんですね。

新しいものが出来て失うものもあり、失ったものって二度と手に入らないものだったり。

豊かになっているんでしょうけど、ある意味貧しくなってきている気もする。

無い物ねだりなんでしょうね。そうじゃなければ困ります。

光があれば影ができる。

終わり良し。

 

第193話 木刀

期待していいのやら。
かじです、こんにちわ。

みなさん、木刀の1本ぐらいは持っていますよね?
私も持っています。
何年も使っていない木銃やら八角棒も部屋の片隅でほこりをかぶっています。

木刀って木を削るだけだから自分でも作れるんじゃないの?って思ったりしませんか?

作ろうと思って早速Google先輩に聞いてみました。

答えは
Google先輩「そんな簡単なわけないじゃん」

ってことでした。

木刀の素材は、みなさんご存じの樫が一般的ですよね。
赤樫、白樫なんかがもっとも普及しているものと思われます。

この樫、やっぱり武道で使うものだけあって相当堅いみたいです。
素人が手軽に作るには、樫の木よりもやわらかくて手軽なものから練習したほうが良いと思いました。
まあ、削れればいいわけで、無理ではないですね。

木刀作成の体験が出来るところが川崎にあるようです。HPがありました。
見たところによると、丸1日もあればできるような感じでしたよ。
HPを読んでて自分で作る気が無くなったので詳しく見るのは止めました。

道具って凝りだすと切りが無いですよね。
素材一つで
赤樫、白樫はもちろん
黒檀、紫檀、枇杷(超高価!)、椿、スヌケ(イスノキ)なんてのもあります。

枇杷の木刀が高いからってその辺の枇杷の木を切っちゃダメですよ!

終わり良し。

 

第192話 天狗

馬鹿と天才、神と妖怪。
かじです、こんにちわ。

天狗って天の狗(いぬ)なんですね。今気づいた。

やっぱり中国の妖怪?で、もともとは猫みたいな感じらしいです。
Wikiによると
狸の如く、白い首、名は天狗。その声は榴榴(りゅうりゅう)の様。凶をふせぐによろし

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榴榴っていうのがどんなのか分からないんですが、字から察するに細かく途切れるような感じなんでしょうか。
どっかのサイトには鳶と同じって書いてありました。想像しやすいのでそれで行きましょう。

詳しく書くと大変なんで、簡単にいうと
上記の猫みたいなのが日本に輸入されて、仏教と自然信仰が相まって今のような天狗に変遷していったようです。

ごぞんじ鼻の長い大天狗、くちばしを持つ烏天狗などが有名ですが、その種類は結構多いです。

天狗は慢心の権化とされているので『天狗になる』っていうのはそういうことなんですね。

神奈川県にも天狗が生息していたようで、道志川流域などに川天狗というのが居ました。
悪い奴というのではなく、山岳信仰の対象、神だったようです。

道志川に天狗でも探しに行こうかな。

終わり良し

 

第191話 椅子

吉報と凶報と。
かじです、こんにちわ。

私とよく話をする外国の方が、座敷に座っていられないと言っていました。

忘年会で飲み屋に行った時に、座敷だったそうで、座っているのが大変だったそうです。
足がしびれるのか、疲れるのか、とにかく直接座るのが辛いみたいです。

その話の前に、私が家でどんな風に食事したりしてるのかを聞いてきました。
よくある足の短いテーブル、ローテーブルって言うんですかね、あれで食事したりします。

外「Mr.Kaji,なんでそうやって座るの?椅子じゃないの?」
私「椅子つかれるから」
外「私は椅子のが楽」

っていう具合に話をしていました。

やっぱり体格なのか、体の構造なのか、日本人は椅子は不向きなのでしょうか。

Wikiに書いてありましたが、明治ぐらいまでは椅子はあまり普及していなかったようです。
お隣の中国は1000年ぐらい前から一般に椅子が普及したとありましたが、韓国、日本には椅子は普及しなかったようです。

日本の家は小さいですし、椅子が邪魔だったんでしょうか。

こうしてコラムを書くのは椅子に座ってなんですけど、椅子の上で胡坐かいてますからね。

みんなで飲む時は椅子が無難か。

終わり良し。