第107話 義経の逃亡ルート

雨が降るのか降らないのか、はっきりしてほしい。
かじです、こんにちわ。

たびたびコラムでも取り上げる義経、今回は逃亡ルートについて少し触れます。

義経は兄の頼朝に対して謀反を起こし、逆に追われて奥州平泉へ逃亡し、自害しました。
その逃亡ルートは未だに解明しておらず、諸説あります。

一番有力なのが北陸ルートで、吾妻鏡(歴史書です)に書かれています。
しかし、逃亡ルートの中でここを通ったなどという公式な書面は残っておらず推測の域を出ません。
まあ分かってたら捕まって平泉までいけないでしょうしね。

修験道者や寺社の庇護を受けながら逃亡するとして延暦寺の勢力をたどって北陸道を通ったのかとも思います。
海を通ったなんて説もあって、これならあまり記録が残りそうもないですね。

かなりあやしい説として
・北海道まで逃げた
・北海道まで逃げて大陸へ渡りヂンギス・カンになった(上の説の延長)

この辺は語るにおよばずですが、おもしろいので調べてもいいと思います。
(私は興味ないですが)

しかし、ネットを見てて思ったんですが、今でも義経贔屓な人が多いんだなぁと。
見てるとかなりひどい内容もありまして驚きました。

義経、弁慶、静御前、ここまで持ち上げられるもんなんですね。

ちなみに静御前ですが、白拍子とよばれる当時の遊女で本来は御前とは呼ばれません。
かなり寵愛されたので敬意として御前と呼ばれたそうです。

 

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