第72話 小烏丸 小烏の太刀

体調が非常に悪いです。
剣豪ものは人気が無いようで。かじです、こんにちわ。

小烏の太刀というのは、今でも宮内庁に現存し、御物(天皇の持ち物)となっています。
天国の作とされ、日本刀が直刀から反りのある湾刀へ変化する過渡期の平安時代中期頃の作と推定され、日本刀の変遷を知る上で貴重な資料です。
刃長62.7cm
反り1.3cm
鋒両刃造(きっさきもろはづくり)刀身の先端から半分以上が両刃になっている。
庵棟( いおりむね )
うぶ茎
栗尻
目釘穴:1
無銘

桓武天皇が南殿(平安京の正殿)で遠望中に伊勢の神使の烏が舞い降りて来て,羽根の下より一振りの剣を出し飛び去った。

後に平貞盛が平将門、藤原純友らの反乱を鎮圧する際に朱雀天皇より拝領し、以後平家一門の家宝となる。

●小烏の太刀の所有者遷移
清盛→重盛→維盛→知盛→行方不明

江戸時代になって伊勢家で保管されていることが判明

明治維新後に対馬の宗家に渡る

明治天皇に献上

という風になってます。
なので本物かは微妙です。

平家物語は太平記より読みやすいです。(新潮社)

重盛が死んだことで平家の命運が尽きましたね。

 

第71話 松林 左馬之助

連休中は体調不良で何にもならなかったです。
かじです、こんにちわ。

松林 左馬之助:蝙也斎(へんやさい)と呼ばれ、夢想願流(夢想願立)の創始者
1593年-1667年 桃山-江戸時代の初期頃です。

日本三大剣豪の一人と言われたそうです。
が、Google兄さんもあんまりご存知ないようですね。

15歳の時から浅間山の天狗を相手に剣術、槍術、薙刀を修行し、「夢想願立」を編み出しました。
源義経が柳の枝を斬って八回斬り、なお水に落ちなかったといい、その伝説を聞いて蝙也斎が試すと、柳の枝が水面に落ちるまでに13回切断したという説話があります。

夢想願流の極意に足譚(そくたん)という、相手の太刀を足で踏み落とす技があるそうです。
たぶん、相手が切りかかってきたのを払って下に落とし、鍔元近くの峰を踏んで飛んだんではないでしょうか。

徳川家光に夢想願流を披露した時(御前試合でしょうか?)にこの技を見せ、家光は「その身軽なこと蝙蝠(こうもり)の如し」と讃えたというそうです。
以後、蝙也斎と名乗ったみたいです。
それまでは「無雲」と号していたそうです。

人物においても好評で、晩年まで毎日1000回素振りを行い、門人に稽古をつけていたそうです。

ちょっと技が異端といいますか、大技ですが個人的に気に入りました。

みなさんのGWはどうですか?
HPのメンテで終わってしまいました、私の休日。.