第28話 剣道の歴史を少し。

続けて投稿。がんばりました。
かじです、こんにちわ。

当会には剣道経験者が多数いますが、継続しているのは老練の錬士のみだと思います。
剣道を続けるのは険しい道なのですね。
そういう私も剣道は途中で挫折してしまいました。

剣道も居合も剣術であり、同じ剣道連盟ですので多少は知っておきたいものです。

ということで、今回もGoogleでその歴史を検索。

剣道連盟のHPはしっかりしているもので、きちんと歴史の解説がありました。

今のような剣道の形になってきたのは江戸時代。
太平の世の中になり、それまでの人を殺す手段から人間形成の手段に変わってきたころです。
当コラムでも紹介した江戸三大道場が出現したあたりです。

竹でできた防具をつけて打ち込み稽古がはじまり、瞬く間に広がったようです。
それまでの袋竹刀ではなく、今のような4本の竹でできた竹刀ができて、他流派との交流試合や剣術の武者修行なども現れてきました。

千葉周作の北辰一刀流などは、現代の剣道にも多くの影響を残しているようで、技の名前や技の合理性などは今でも引き継がれています。

武士道という考え方と、竹刀は日本刀の代わりという考え方から、「剣道」という名称に統一され、現在に至っているそうです。

解説には「活人剣」との言葉がありますが、ちょっと難しいので今回は避けました。

いつも私は覇気が無いといわれてます。やっぱり剣道みたいな対人武道は向かないのでしょうか。。。

 

第27話 父の日だけ親孝行か

ちょっと間があきました。
普通にネタが無かったです。かじです、こんにちわ。

始皇帝はご存知の方、多いと思います。
最初の皇帝だから始皇帝といいます。というより始皇帝と名乗りました。

皇帝という単語は、三皇五帝という言葉から取りました。
以下一覧
三皇:天皇、地皇、人皇
五帝:黄帝(こうてい)、帝顓頊(ていせんぎょく)、帝嚳(ていこく)、帝堯(ていぎょう)、帝舜(ていしゅん)

この三皇五帝と呼ばれる聖王は、徳により世を治めたとされ、伝説になっています。
帝王の世継ぎは日本の天皇と違い、世襲ではありません。子供が不肖ならば他に譲るということです。立派ですね。

この中の帝舜について少しばかりお話します。帝舜は、虞舜とも呼ばれ、もともとかなり貧しい家庭の子供でした。親孝行で知られ、彼が住んだ場所は1年で邑(町です)、3年で都になったといわれています。
実母と死に別れ、父親と義母、弟、いわゆる家族から疎まれて何度も殺されそうになりました。それでも親に対する孝行と弟に対する愛情は変わらなかったとされています。

その聖人ぶりが帝嚳に聞こえ、帝の地位を譲られました。

この故事は親に対する反逆のときに日本の故事に引用されることがあります。親を成敗する戦は成功しないということに引用されます。
この故事だけでなく、中国史(史記、十八史略など)は日本の古典を読むときに必須の知識です。

もうすぐ父の日。世の中のお父さん方、子供から尊敬されてますか?

 

第26話 髪型

社会人になって髪は染めなくなりました。
と思ったら今度は白髪染めで髪を染めるようになりそうです。
かじです、こんにちわ。

今回は武道とは関係なく、髪型です。
武士ってちょんまげっていうイメージありませんか?
私はありました。

でも現在、時代物の漫画なんかは主人公とか周囲はかっこよく現代でも違和感のない髪型だったりして史実からズレている気がします。
あまり美化するのは好きじゃないですね、私は。

ところでちょんまげっていつからなぜ始まったのでしょうか。

今回もGoogleで検索。

起源は思いのほか古く、平安時代までさかのぼるようです。
頭の上を剃って結った髪を持って来るのは「月代」(さかやき)という髪型なようで、細かく分類すると丁髷(ちょんまげ)は江戸時代らしいです。

もともと、兜を被るとむれるので、それをふせぐために頭の上を剃ったようです。初期のころは髪を後ろで束ねる程度で、時代劇にみるようなものではなさそうです。
あまり文献や資料が無いのではっきりしてはいないみたいですけど。

一口にちょんまげといってもいろいろあるようで、「月代」も大月代、半頭、中剃り、それからどんどん進化していって、垂前髪、前立髪、銀杏頭なども出てきました。

江戸時代は規制がいろいろあって、町人、武家で結い方がきめられていて見ただけで身分がわかるようになってます。
なので漫画で見るような髪形はなさそうだと思います。

一様に見えた髪形もいろいろあるんですね。
それがちょっと驚きました。

 

第25話 名前

公私共に忙しく何にもできません。
かじです、こんにちわ。

一生懸命と一所懸命、多くの人がご存知だとは思いますが、もともと一所懸命でした。
武士は自分が拝領した土地、開墾して開発領主となった土地を子々孫々と命をかけて守り伝えていきました。

そしてその土地の名前を苗字としたわけです。

足利尊氏
新田義貞
脇屋義介(新田義貞の弟)

と、実の兄弟でも苗字が違うのは住んだ土地が違うからです。脇屋は脇屋に住んだから脇屋なのです。

でもこれって正式名称ではありません。

足利尊氏だと、源氏の姓を持っているので源尊氏(みなもとのたかうじ)です。
源朝臣尊氏とかに書簡に書かれています。
尊氏は源氏なので征夷大将軍という役職をもらいます。
北条は平氏なので征夷大将軍にはなれません。なので執権という役職になります。
豊臣秀吉は源氏でも平氏でもないのでどちらにもなりません。
関白太政大臣という貴族の最高位になりました。

一生働いても小さい土地しかかえません。
30坪の土地に名前つけたくなります。

 

第24話 仕事

まだまだGWぼけが抜け切れていません。
仕事の仕方を忘れました。かじです、こんにちわ。

あと30年以上も働かないといけないと思うとうんざりしますね。

私たち居合道家があこがれる(?)武士はどんな仕事してたんでしょうね。

また検索してみました。

基本は戦闘員ってことでOKだと思いました。
でも階級、石高でかなり生活は違っているようです。

もともと上流貴族を守る人や荘園などの土地、地域を管理する人のようです。
戦闘員とすると、戦があれば農民から徴発してきたりしますがこれは武士じゃないです。
以前も書きましたが、騎馬による戦闘ができる人としたいところですね。

江戸時代になると戦闘はあまりないので、役人、公務員的な存在になりました。
たそがれ清兵衛を見ればわかりますね。
町の警備、行政、裁判(遠山の金さんとか)など、これらを武士が行ってました。やっぱり公務員ですよね?

今も昔も、働くことって大変ですね。

 

第23話 正座

GWも終わりました。仕事したくありません。
かじです、こんにちわ。

うちの長男(もうすぐ3歳)はなぜか正座するときがあります。
今はじまったことではなく、結構前から正座します。
長時間するわけではなく、テーブルで遊ぶのにちょうどいい高さみたいです。

私は正座が今でも苦手で、すぐ足がしびれます。
正座が続く人がうらやましいです。

今回も検索してみました。

正座はやっぱり慣れるしかなさそうです。
正座する必要の無い現代社会において、日本の伝統文化は正座は必須です。
どうやら苦手でも正座は避けられそうになさそうです。

しびれにくくするには、踵を開いて座るというのが一般的みたいです。
あとは体験すればおのずと分かるように、片足ずつ重心を乗せたり、前に重心を乗せたりします。

早い話、特効薬的なものはないですね。苦手な私にとっては気休め程度でした。

正座の練習はお風呂でやると良いです。体重がもろにかからないので少しずつなれる事ができます。

正座が苦手なので座居合も苦手です。
3年経ってもなかなか。。。

 

第22話 武士道 仁・惻隠の心

GWですがみなさん見てますか?
かじです、こんにちわ。

朝青龍の出稽古騒動、みなさまどう思われるでしょうか。
賛否両論、捉え方で変わりますね。

また新渡戸稲造先生の武士道からネタを提供します。

愛情、寛容、同情、憐憫は最高の徳とされています。
王道、帝道は徳からなるもので武力からなるものは覇道といいます。

慈悲は王冠よりも王者に似合い、王勺(権力の象徴)をもってする支配よりも強い影響力がある。

最も剛毅なる者は最もやさしくなごやかで、最も愛のある者は最も勇敢である。

日本の武士は、戦場でも移動などの合間に和歌を書きとめ、兜の中にしまっていたりしたそうです。

武というものを行う者はやさしさが必要。というより、人の道というのはそういうものなんでしょうね。

相撲は国技とはいえ、商業行為ですからなんとも。

外国人とはいえ横綱、仁愛というのを学んで欲しいものです。